今こそ地方創世のチャンスのとき!!


2020年は 日本にとって56年ぶりのオリンピックYERです。

前回は1964年、昭和39年でした。

日本の高度成長を 一気に加速したのが東京オリンピックの開催でした。

 東洋の魔女と謳われたバレー女子の金メダルなど、日本選手の活躍に国民全てがエネルギーをもらいました。

今年は、ちょうど 50年目に当たりますが、思えば、その半分の 25年ほど前の平成2年の後半から3年にかけて バブルが弾け、日本が長期に渡る不況時代に突入した年でした。

それから四半世紀、ここ数年、都会では好景気を取り戻したかのように言われています。

しかし地方は取り残されたままです。

25年の間に、阪神淡路大震災や、オウム真理教事件。そして平成23年には、東北の太平洋側を 大津波が襲いました。

 今の日本は、地震や火山噴火など、地殻変動による大災害が起こるサイクルのなかにあり、国民、特に都会に住む人々は、大きな不安を抱えています。
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時代検証から方向性を見出す!!!


 それでは、歴史の移り変わりの中からの考察を踏まえて、これから活かせる方策を探ってみましょう。

 25年という四半世紀は何を物語っているのだろうか。

私たちがこの世に命を受け、25歳前後に結婚して子どもが誕生する。

そして、その子らが25年経って結婚し子どもが生まれる。

つまり25年で一世代、50年で二世代、100年で四世代となる。

 過去の歴史を紐解くと、その世代の移り変わりに比例して25年ごとに好不況が繰り返しているといっても過言ではないでしょう。

 今年から2020年までの間はブームにあやかろうとする人々の高揚意識によって、建設ラッシュを含めた需給拡大により 好景気が続くと思われます。事実、50年以前に建てられたビルなどが耐用年数を経過していることから、今後数年で次々に建て替えられます。高速道路も同じことが言えます。

その高揚意識が東京オリンピックで最高潮に達します。

 それでは、2020年のオリンピックの後は、日本経済は どのように推移していくのでしょうか。

 ご承知のように、50年前は戦後復興から国民が一弾となった成長の時代で、ただひたすらに生産拡大へと突き進み、何でも作れば売れる時代で、勤労者の給与もうなぎのぼりに上がり、電化製品から自家用車へと消費が 急速に拡大していった時代でした。

 そこからおよそ20年近くの間はその傾向が続きました。

しかし、そろそろ陰りが出始めたのもこの頃でした。家庭には 物があふれ、国民 総中流意識が蔓延し、レジャーから趣味からと 選択肢が大幅に広がり、生活に対する不安要素もほとんどありませんでした。

 思えば、その頃に日本は成熟期に達していたのでしょう。このころから、土地転がしや マルチ商法など、実体のない儲け口が広がり、核家族化に加え、未婚率が急増し生活の様式に変化が見られ始めた時期でもありました。

 つまり、言いたいことは、次のオリンピックが終わった後に残るのは、お祭り騒ぎのあとの疲れからくる、気だるさと、現実社会に引き戻されたことからの諸々の焦燥です。

 その最たるものは職場の雇用体系変化と、迫り来る地震などへの不安でしょう。

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50年前と100年前の状況を考察!


 さて、ここで、50年前の状況を見つめてみましょう。

 年代流行の紹介ページ

 50年前の日本は、敗戦の復興から 一息ついて、ようやく落ち着きを取り戻し、地方の各家庭でも、テレビや洗濯機、冷蔵庫が当たり前に見られる時代になっていました。

 東京オリンピック開催に向けてインフラ整備が急ピッチで行われ、団塊の世代と言われた人々が、中学を卒業し地方から就職列車で都会へと向かっていった時代です。

 父親を柱とする 家族制度や、三歩下がって師の影を踏まずといった風潮が通用していた時代で、女性の適齢期は 25歳までと言われ、平均 2人の出生率でした。(戦後のベビーブームの最高が4.5人)

 人口構造の変化はこちら

 都会は 仕事があふれ、会社は 生涯雇用の年功序列制で、真面目に働きさえすれば 生活の不安は考えなくて良い時代でした。よほどの放漫経営でなければ倒産の心配もなく、社員は全て正社員でアルバイトは高校生や大学生の代名詞でした。

 歴史は50年毎に繰り返すと仮定してみます。

それでは今から100年前は どのような社会だったのでしょうか。

 1914年、大正3年は、東京駅が開業、IOCによる五輪旗が制定され、上野駅で行われた 東京大正大博覧会で日本初のエスカレーターやケーブルカーがお目見えした年です。

大正ロマンの煽りからファッションも華やかになり、第一次世界大戦景気で成金が続出したことなど、人々が意気盛んに行動していた時代でした。 

 それでは、そこから25年後の 1939年、昭和14年はどのような年であったか、振り返ってみましょう。

 前年に東京オリンピックの中止が決まり、第二次世界大戦が勃発、穀物の配給制度が始まり、国民徴用令公布など、国際情勢の急変から国内にも緊縮ムードが高まり、昭和16年の日本参戦に向け、不安と焦燥の時代を迎えました。

 それから50年後が平成元年になります。

この年の景気は最高潮に達していましたが、翌年からの バブル崩壊を知る由もありませんでした。

そして、平成2年後半から3年にかけて バブルが崩壊し、そこから 長期に渡る 日本の 不況時代が始まったのです。

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東京オリンピック

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■設  立:2014/07/07


・・・・・・・・・・・・・歴史は繰り返す・・・・・・・・・・・・・

 25年サイクルの好不況からすると、これから数年、
特にオリンピック開催に向けては、好調期に入る。
このチャンスを逃すことなく掴み地方の強みを最大限
に活かそう。
そのためにも、人々の絆を更に強いものにしよう。